「写真一夜」と渋谷と雨。
渋谷の「アップリンク」で開催された「写真一夜」という写真のイベントに行ってきた。
写真家の米原敬太郎氏が主催されている、
プロもアマも自由に作品を発表するイベントです。
皆さんの各々の作品をスライドで見せてもらい、
お話を聞くという内容なのですが。
それぞれ、写真に対する姿勢というか気持ちというかを
感じられてとても興味深かったです。
例えば、光をひねりだそうとして渋谷の交差点でカメラを振り回す方。
人形を屋外に連れ出して、楽しく写真をおさめている方。
妊婦さんのヌードを撮っていらっしゃる方。
鳥の骸を美しくオブジェのように撮っている方。
照明にとてもこだわりを持って仕事をされているかた。
9歳から写真を撮っていて今もずっと続けて撮られている方
などなど
多種多様でそれぞれが自分の写真を撮っていらっしゃるのがとても心地よかったです。
その中のお話で「写真は光で彫刻をするようなものだ」という発言があり、
とても新鮮に感じられた。そう考えると私の写真は光に無頓着だなぁと反省をする。
同時に新しい視点を得られたような気がする。
「拡散」という言葉が妙に引っかかっていてそれをヒントに何か作れないかと思っている。
(さっきからだけど)
話は脱線するけど、以前仕事でハイオーディオの仕事をしたときに、
オーディオ界のえらい人がこんなことをいっていたのをふと思い出した。
「現実をカメラという道具をつかって「録画」して現像し、フィルムに収めた現実を再生させるという行為は、アートとして現在、認知をされているが、私達がやっている「録音」をしてさまざまなオーディオ機器を使って音をすばらしい状態で再生させるという行為は道楽としてしか認知されていない」を嘆いていらっしゃった。
確かにそうだなぁと納得したのです。その時は。
実際その時に聴かせてもらった浜崎あゆみさんのCDは「CDってこんなに音が入っているんだ」とびっくりしたものです。あきらかに普段聴く状態の音とは違う豊穣な響きに満ちていました。
なぜなんでしょうね。さっぱりわかりません。
ともかく自由な会と米原氏のまっすぐな気持ちがとてもよかった。
その勢いで次回の9月の「写真一夜」で発表することにしました。
さてどうしよう。
外に出ると中途半端な雨、久しぶりの渋谷は何故か臭かったよ。
写真家の米原敬太郎氏が主催されている、
プロもアマも自由に作品を発表するイベントです。
皆さんの各々の作品をスライドで見せてもらい、
お話を聞くという内容なのですが。
それぞれ、写真に対する姿勢というか気持ちというかを
感じられてとても興味深かったです。
例えば、光をひねりだそうとして渋谷の交差点でカメラを振り回す方。
人形を屋外に連れ出して、楽しく写真をおさめている方。
妊婦さんのヌードを撮っていらっしゃる方。
鳥の骸を美しくオブジェのように撮っている方。
照明にとてもこだわりを持って仕事をされているかた。
9歳から写真を撮っていて今もずっと続けて撮られている方
などなど
多種多様でそれぞれが自分の写真を撮っていらっしゃるのがとても心地よかったです。
その中のお話で「写真は光で彫刻をするようなものだ」という発言があり、
とても新鮮に感じられた。そう考えると私の写真は光に無頓着だなぁと反省をする。
同時に新しい視点を得られたような気がする。
「拡散」という言葉が妙に引っかかっていてそれをヒントに何か作れないかと思っている。
(さっきからだけど)
話は脱線するけど、以前仕事でハイオーディオの仕事をしたときに、
オーディオ界のえらい人がこんなことをいっていたのをふと思い出した。
「現実をカメラという道具をつかって「録画」して現像し、フィルムに収めた現実を再生させるという行為は、アートとして現在、認知をされているが、私達がやっている「録音」をしてさまざまなオーディオ機器を使って音をすばらしい状態で再生させるという行為は道楽としてしか認知されていない」を嘆いていらっしゃった。
確かにそうだなぁと納得したのです。その時は。
実際その時に聴かせてもらった浜崎あゆみさんのCDは「CDってこんなに音が入っているんだ」とびっくりしたものです。あきらかに普段聴く状態の音とは違う豊穣な響きに満ちていました。
なぜなんでしょうね。さっぱりわかりません。
ともかく自由な会と米原氏のまっすぐな気持ちがとてもよかった。
その勢いで次回の9月の「写真一夜」で発表することにしました。
さてどうしよう。
外に出ると中途半端な雨、久しぶりの渋谷は何故か臭かったよ。
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