[Archive] February 2010
東京の地下はどうなっているのだろうか
普段地下鉄に乗っていると乗り換えで階段上ったり下りたり
ずいぶん歩いて乗り換えたり、ずいぶん歩きます。
路線図を見てもわかるように東京の地下は穴だらけだ。
地下鉄を中心に移動をしていると、地上の街と街の距離がつかみづらい。
実はこの駅とその駅の間は歩いた方が早いなんて事ありませんか?
上京してきた当時、地下鉄に乗って暗い階段を登って光の差す出口に向かう時間が好きでした。
出口を出た瞬間にいろんな街がいろんな顔をみせてくれるから。
田舎には地下鉄なんてなかったですから
地下といったら防空壕ぐらいのものでした。(それはそれで楽しかったですが)
ちなみに東京の地下鉄で一番深い液は大江戸線六本木駅、地下約40mだそうです。
意外に浅い気がしませんか?
幼い頃、COMPUTERという文字には未来があった。
Famly Computer もマイコンベーシックマガジンも
僕の世界では大きなウエイトをしめていたよ。
COMPUTERは、生活に未来を感じさせてくれる単語だった。
21世紀には、車は空を飛んでいるし、宇宙食みたいなご飯をたべて、全身タイツを着て
タケコプター的なもので移動するなんて世界がホントにくるのだろうと
信じさせてくれた物がCOMPUTERという単語だった気がする。
21世紀になって僕はあのときの未来に暮らしているのだけど、
COMPUTERは未来を感じる言葉ではなくなってしまったよ。
もはや日常の大事なツールになってしまった。
浅草でみつけたクイズのコンピューターゲーム。
全問正解で1万円というところが、思いの外、高額でうさんくささを醸し出す。
ただ、その佇まいに昔感じた未来を感じるのは確かな事だったよ。
先日、雪がつもった日にふと岡村靖幸が聴きたくなり、
古いCDをゴソゴソと取り出してそれ以来ずっと聴いている。
なぜ雪をみて岡村靖幸を聞きたくなったのか全然検討もつかないが
何故がずっと聴いている。
音楽が記憶や体験を呼び起こすことが時々ある。
多分音楽がもっている大きな機能のひとつなのだろう。
当時、自分がその音楽を聴いていたときに雪でもふったのだろうか?
スキー場で聴いていたのかな?
そうやって自分の記憶にダイブしていくのもそれまた楽し。
目はふさげるけど耳はふさげないから、意思とは関係なく音は直接記憶や感情を叩く。
だから音に対しては基本受動的でありあがらうことができないように思う。
岡村ちゃんは只今、服役中だそうだ。
2010年代の彼の音楽を聴いてみたいと強く願います。